進行中の研究課題
1.神経伝達物質(主にドパミン、セロトニン)の役割(安田)
2.ストレス下の意思決定破綻の神経機構の解明(安田・上田)
3.社会的認知機能の神経機構(倉岡)
4.イオンチャネルの機能解析を基盤としたトランスレーショナルリサーチ(林)
5.幼弱海馬における代謝型グルタミン酸受容体機能の解明(武藤)
6.発達障害児の視覚認知の定量的解析(小児科学講座との共同研究)
7.姿勢制御・平衡感覚の定量的解析(リハビリテーション科講座との共同研究)
1.神経伝達物質(主にドパミン、セロトニン)の役割
セロトニンはドパミンと並んで脳内の主要な神経伝達物質です。現在使用されている神経精神疾患の治療薬の多くがセロトニン系に作用するものです。
ドパミンについてはreward prediction error 報酬予測誤差―予測報酬量と実際得た報酬量の差―の情報やsaliency―他より顕著であること―をコードし、その情報が学習等に重要な役割を果たしていることが明らかになってきました(とはいえ、まだ不明なことは多いのですが)。さらに現在発展が著しい光遺伝学的手法により、仮説がさらに確認され、詳細なメカニズムについての理解はさらに進んでいます。一方、セロトニンについては、光遺伝学的手法をもってしてもその機能の本質に関しては不明な点が多く、現在も研究者によって見解が分かれています。
現在我々は、セロトニンの機能のひとつとして、背景となる状況に追従して意思決定回路を変化させ、適切な選択を実現するというサーボ的な役割があるという仮説を検証するために、電気生理学的実験および光遺伝学的操作を行っています。
光遺伝学的操作は京都大学大学院薬学研究科生体機能解析学分野の永安一樹・金子周司先生との共同実験です。背側縫線核やその投射先特に大脳基底核諸核へのセロトニン投射の機能について調べています。
2.ストレス下の意思決定破綻の神経機構の解明
我々の意思決定は常に理性的に行われるわけではありません。特に、ストレス下では、通常では考えられないような行動に至ることがあることは思い当たるところがある人が多いでしょう。また、ストレスは精神疾患の憎悪の一因にもなりえます。
これまでの意思決定の神経生理学的研究では、ヒトや動物が安定した情動下であるという前提で調べられてきました。本研究ではこれまでに広く使われている行動課題を、一定のストレス、具体的には嫌悪刺激を恐れながら行う形に工夫しました。
その結果、情動の影響により自律神経反応、さらに選択行動や反応時間が変化することを確認しました。さらに、この動物モデルにおいて、意思決定の神経基盤である大脳皮質―基底核諸核の課題関連神経活動の変化が行動変化とリンクして認められることを発見しました。今後、これらの神経活動の変化を引き起こすメカニズムを、扁桃体からの投射と、モノアミン系神経伝達物質の作用という二つの切り口から明らかにしていこうとしています。
3.社会的認知機能の神経機構
扁桃体は、その障害により他人の感情の認知が影響を受けることなどから、社会的認知機能への関与が指摘されています。一方、扁桃体では報酬や嫌悪刺激情報処理が行われることも明らかにされています。しかし、これまでの神経生理学的研究では、扁桃体における社会的情報処理や報酬情報処理を統合的に調べられることはありませんでした。本研究では、これら2つの情報を同じ刺激を用いて分離するという工夫を行うことで、一見異なる情報が扁桃体内でどのように処理または統合されているのかを、解析しています。
現在までに、扁桃体内の異なる亜核により異なる情報処理が行われていることが明らかになってきています。
4.イオンチャネルの機能解析を基盤としたトランスレーショナルリサーチ
がんの再発や転移の原因として、がん幹細胞の存在が注目されています。がん幹細胞は、自己複製能と通常のがん細胞への分化能を備え、治療に抵抗します。私たちは、脳腫瘍(グリオーマおよび転移性脳腫瘍)から樹立したがん幹細胞において、新しい分子標的となるイオンチャネルを見いだしました。現在、イオンチャネルを標的とした脳腫瘍治療薬を開発しています。
5.幼弱海馬における代謝型グルタミン酸受容体機能の解明
グルタミン酸は中枢神経系の興奮性神経伝達物質であり、代謝型受容体に結合して、他チャネルの開閉による細胞の興奮性調節や細胞内情報伝達に関与しています。代謝型グルタミン酸受容体にはmGluR1~mGluR8のサブタイプがあり、それぞれ機能と組織局在が異なります。多くの組織で複数のタイプが混在することもあり、各サブタイプの機能を分離して解析した例は限られています。mGluR1とmGluR5はともに細胞内ストアからCa2+を放出し、しばしば同一細胞に発現しますが、mGluR1タンパクは脳の発達過程で一過性に大脳皮質や海馬の辺縁帯に局在し、この時mGluR5は伴いません。辺縁帯の細胞は発達期における神経細胞の層構造形成に寄与することが知られています。幼弱海馬をサンプルに、mGluR1を介したCa2+を放出があることを蛍光イメージング法により示しましたが、さらに電気生理学的手法を併用してmGluR1のサブタイプ特異的な機能と辺縁体での役割を解明することを目指しています。
6.発達障害児の視覚認知の定量的解析(小児科学講座との研究)
ASD(自閉症スペクトラム障害) やADHD(注意欠陥多動性障害)といった発達障害を有する児は、定型発達児に比べて特徴的な感覚・行動の傾向があることが知られています。それが原因で学校の授業の理解が困難になるなど、2次的な障害を防ぐためにも、児の感覚・行動の特徴を明らかにすることは重要です。そこで、関西医科大学小児科講座において、子供にとって日常的な、しかも重要な授業風景を呈示した際の児の視線の傾向を解析しました。すると、先生の顔や指さしの先ではなく、教室の壁に何気なくある時計などを見つめてしまうことを明らかにしました。本研究は、教室のちょっとした工夫によって発達障害児の学習環境を改善できる可能性を示唆しています。
7.姿勢制御・平衡感覚の神経機構(リハビリテーション講座との研究)
脳卒中患者において、体軸が傾いてしまい姿勢を直立位に修正できないケースがしばしばあります。このような姿勢障害の原因として、運動麻痺や感覚障害だけでなく,主観的に垂直であると判断する知覚、垂直性知覚の障害があります。関西医科大学リハビリテーション講座では、脳卒中患者の垂直性知覚の定量的解析を行いました。その結果、特に半側空間無視患者の垂直性知覚が強く障害され、それは一般的な注意持続障害によるものであることを明らかにしました。このような現象の本質の解明は、有効なリハビリテーション計画に寄与します。現在はさらに、垂直性知覚計測時の視覚―眼球運動連関につい解析を進めています。