研究内容

弾性線維の形成と再生の分子機構

  図.DANCE遺伝子欠損マウスの表現型。A. DANCE遺伝子欠損マウス(DANCE-/-)は弾性線維形成異常のため正常マウ(DANCE+/+)のような肺胞壁の伸展性を欠き、肺胞壁の破壊すなわち肺気腫をひきおこす。 B. DANCE遺伝子欠損マウスの動脈は老人の動脈のように硬く、蛇行している。これはCにみられるように弾性板(黒く染色されている)がばらばらになっているためである。

Nakamura T et al, Nature 2002より

 「老化」を実感するのはどういう時だろうか。体の柔軟性が落ちた、皮膚がたるんでシワが増えた、息切れがして昔のように走れない、こういう時に我々は「年取ったなー」と感じる。病院で「血管が硬い」だの「あなたの血管年齢は80歳」だの言われるといっそう老け込んだ気もしてくる。

 実はこれらはすべて組織の弾性が低下していることに起因している。弾性とは引き延ばしても元に戻る性質をいう。組織の弾性を担っているのは、弾性線維という細胞外線維である。弾性線維はターンオーバーが遅く、老化とともに劣化して再生されないために、さまざまな老化の表現型・老化関連疾患をひきおこす。たとえば、肺気腫、動脈の硬化、皮膚のたるみなどは弾性線維の劣化・断裂が直接的な原因となっておこる。

 我々は弾性線維の形成に必須の分泌蛋白質Fibulin-5(別名DANCE)を発見し、弾性線維がどのように形成されるのか、その分子機構を研究している。目指すところは弾性線維の再生である。とくに最近、細胞培養においてFibulin-5が弾性線維形成を誘導する活性を持つことを見つけ、この目標に近づきつつある。


角膜ケラタン硫酸の角膜細胞外マトリックス構築への関与

ケラタン硫酸グリコサミノグリカンは硫酸化された親水性の多糖であり、角膜の細胞外マトリックスに多く存在してその構造の維持に深く関わっている。角膜の細胞外マトリックスはその構成分子による高度に秩序立った三次元構造を形成しており、この構造が角膜特有の透明性と屈折性の維持に重要であることが示されている。

我々は角膜におけるケラタン硫酸の生物学的機能の解明を目指しており、ケラタン硫酸合成酵素の活性を改変することによって角膜の細胞外マトリックスが、ひいては角膜組織全体が影響を受けるのかどうか、変異マウスや強制発現系を用いて解析を進めている。この研究を通して角膜組織の構築・維持のメカニズムの解明を行い、角膜異常に起因する視覚低下の治療法開発に結びつけられることを期待している。 

心臓の形作りのメカニズムの研究、および生後心筋細胞の細胞周期制御の研究 2

a) 心臓の形作りのメカニズムの研究 

  心臓は全身の血液を循環させるポンプとして機能し、生命を維持するのにもっとも重要な臓器のひとつである。発生期においてもそれは変わらず、心臓はもっとも早期に発生する臓器である。最初は球状の構造物でしかないが、上から下から右に左にとあらたな細胞群が加わり、マウスならば24時間以内に成仔がもつ4部屋からなる心臓の原型が出来上がる。この過程は外から見えないため、分かっているようで、実はあまりわかっていない。我々は蛍光で発生初期の心臓を可視化できるマウスツールを作製し、ライブでこの形作りのプロセスを観察することにより、直接理解することを目標にしている。また、細胞がどこでどのように心筋細胞として運命を決定し、どのように移動し、どの方向に分裂し、心臓としての形を形成していくのか、分子生物学・細胞生物学的アプローチを駆使して明らかにする。

b) 生後心筋細胞の細胞周期制御の研究

  心臓は生命の維持に必須であるにもかかわらず、心筋細胞は生後まもなくして細胞周期の休止期に入り、以後、分裂・増殖をすることがない。つまり、生まれたときの心筋細胞はそのまま一生使われる。そのため、ひとたび心筋梗塞が起きて細胞が壊死すると、失われた細胞は再生することがなく、心機能障害・心不全に至る。

  そのため、もし心筋細胞の増殖を誘導することが可能になれば、心筋梗塞・心不全といった心疾患に対する理想的な治療となるだろう。そこで、まず1) 心筋細胞は生後どのようなプロセスを経て、細胞周期の休止期に入り成熟していくのかを理解し、次に2) シグナルを操作することにより心筋細胞の増殖を誘導できるのかどうか、 もし増殖を誘導できるのであれば、心筋梗塞・心不全で心機能を改善することができるのかどうかを検証する。この目的のために、心筋細胞の細胞膜、核、微小管、中心体などの細胞内コンパートメントを蛍光で可視化できるマウスを作製し、これらをライブで直接観察することにより、心筋細胞の成熟・増殖プロセスを1細胞レベルで理解することを目指している。

がんと概日リズムの関連性の研究

がんの新しい分子標的薬を開発するために、がんと概日リズムという新たな関連を題材とすることにより、これまでに無いがん制御機構の同定を目指している。概日リズムに着目した理由として、(1)近年の大規模疫学研究でシフトワーク従事者(看護師、パイロット等)は、がん罹患率が有意に上昇することが報告されたこと(2)正常な概日リズムが保てないPeriod2欠損マウスは癌になりやすいことから、がんと概日リズムの密接な関連は示唆されている。しかしその分子機構は不明な点が多く、未同定のがん制御機構が存在する可能性が高い。現在までにがん抑制遺伝子PML及びp53と概日リズムの密接なクロストークを報告しており、今後もがん抑制遺伝子と概日リズムのさらなる関連を解明していく計画である。