ヒトT細胞白血病ウイルス1型 (HTLV-1)がコードする転写活性化因子Taxは、in vitroにおいて、ヒトT細胞の不死化、および3T3やRat-1細胞株及びラット胚繊維芽細胞のトランスフォーメーションを誘導すること、さらに、トランスジェニックマウスに腫瘍が発生することなどから、成人T細胞白血病(ATL)の主要な病原因子であると考えられている。Taxによる転写制御は、Taxと細胞側の転写制御因子との直接の相互作用に由来するが、このような細胞因子に関しては、これまで既に10種類以上のものが報告されており、腫瘍化の機構を一元的に説明することは難しい1)。
細胞遺伝子の活性化においては、TaxとIKK複合体との会合を主要なルートとするNF-kBの活性化が最も重要であると思われる2)(図1)。実際、HTLV-1感染細胞におけるサイトカイン産生や表面抗原の発現増強だけではなく、サイクリンD2等の細胞周期制御因子の転写活性化やアポトーシスの抑制がNF-kB活性化で説明づけられている。また、Tax発現を欠くATL腫瘍細胞においてもNF-kBが恒常的に活性化されていることから、NF-kB活性化は腫瘍細胞の重要な形質であると考えられる3)。
一方、HTLV-1プロモーター活性化の解析から明らかとなったTaxと転写因子CREB/ATFおよびそのco-activator CBP/p300との相互作用は、宿主遺伝子の発現調節においては、むしろ発現抑制に関与する(図1)。これまでに、c-mycに代表されるE-box結合蛋白や、がん抑制遺伝子p53の転写因子としての機能が、共通の補助因子であるCBP/p300をTaxと競合することで阻害されることが示されている4)。これら転写因子の標的となる細胞遺伝子のなかには、宿主ゲノムの安定性を制御しているものが多く、結果的に突然変異が誘導・蓄積され腫瘍の悪性化が進むと考えられている。
上記以外にも、Taxは多様な細胞因子と相互作用し、これらの多くが細胞の増殖制御あるいは遺伝子突然変異に関連することから、複数の因子の相加的な作用が細胞の腫瘍化過程に関与すると想像されている5)。
Taxの発現は様々な機構を通じて細胞を腫瘍化に導くことが示唆されているが、HTLV-1感染個体内においてはTaxを含めたウイルス遺伝子の発現は強く抑制されている6)。さらに興味あることに、これら感染細胞をin vitroにおいて培養すると、多くの場合、短時間でウイルス遺伝子の発現が再活性化される。このことは、個体内における発現抑制が一過的なものであり、ウイルスの発現と宿主による発現抑制機構との間に、何らかの動的な平衡関係が存在することが強く示唆される。したがって、未発症ウイルス感染者(ウイルスキャリアー)においてはこの様な動的平衡の状態が保たれており、これがATL発症における長い潜伏期を規定していると考えられる。
個体内におけるウイルス発現抑制のひとつの大きな要因は、Taxを標的とする細胞障害性T細胞(CTL)であることが多くの研究から示されている7)。実際、Tax のCTLエピトープを提示するHLA ハプロタイプを多く持つ家系では、ATLの発症率が有意に低いことが報告されている8)。また、HTLV-1感染によりトランスフォームしたラットT細胞を用いた動物実験から、Taxに対するCTL活性が感染T細胞の除去に主要な役割を果たすことが証明されている9)。
しかしながら、CTL活性のみで細胞レベルでのウイルス発現の抑制を説明することは難しいことから、我々はウイルス遺伝子の一過的抑制を再現する動物モデル系の確立を試みた10)。
そこで、Taxによる転写活性化を再現するため、MLV LTR U3領域をHTLV-1のものと入れ替え、また、細胞レベルでの遺伝子発現を追跡できるように、Taxと蛍光蛋白GFPとの融合蛋白(Gax)を発現するように構築した組換えレトロウイルスを作成し、これをプロウイルスとして組み込んだマウスTリンパ腫細胞株EL-4 (EL-4/Gax)のマウス個体内での動態および遺伝子発現を解析した(図2-@)。
まず、この系において抗TaxCTLが腫瘍の増殖を制御し得るかどうか確認するため、Tax発現プラスミドDNAのマウス筋肉内への直接投与による、抗TaxDNAワクチンの効果を検討した。その結果、Tax野生株あるいは機能欠失変異体(D17/5)何れの発現プラスミドの投与においても、抗TaxCTLの誘導をともなう、Tax発現EL-4細胞の腫瘍増殖の抑制が観察された(図2-A、B)。
抗TaxDNAワクチン投与により、皮下において増殖抑制を受けたTax発現EL-4細胞は、一定の大きさを保ったまま個体内に維持されていたため、同腫瘍内ににおけるTaxの発現を調べたところ、その発現は強く抑制されていた。
そこで、腫瘍細胞を腹腔内に投与し細胞レベルでの遺伝子発現を経時的に追跡したところ、投与後、約1週間でTax遺伝子の発現が抑制されることが確認された(図2-C)。ところが、この抑制はTaxに対する免疫惹起の有無に依らず観察され、CTL等獲得免疫とは独立に起こることが明らかとなった。
次に、マウス腹腔内のTax遺伝子導入EL-4細胞において抑制を受けたTaxの発現が、in vitroの培養で再活性化されるかどうか検討した。その結果、培養後、数時間でGFPの蛍光強度の増強が観察され、マウス腹腔内においても感染個体と同様なウイルス遺伝子発現の一過的な抑制が起こっていることが示された(図2-D)。
一般にレトロウイルスベクターを用いて導入された遺伝子の発現は、多くの場合、個体内において抑制されることが知られており、これが遺伝子治療にレトロベクターを使用する際の大きな問題点となっている。実際、MLVベクターでEL-4に導入したEGFPの発現は、腹腔内で抑制を受けた後、in vitro培養においても短時間では回復しないことから、個体内でのウイルス発現の一過的な抑制機構は、HTLV-1の転写調節に特有な現象である可能性があり、感染個体内におけるHTLV-1のライフサイクルを考える上で重要な意味を持つと思われる。
以上に述べたように、細胞腫瘍化の原因と考えられるTax蛋白は、実際には、通常、個体内での発現が抑制されており、何らかの要因で一過的な抑制が解除された場合も、CTLの標的となり発現細胞は速やかに排除されると考えられる。感染個体においてはこのサイクルが繰り返され、その間に一過的に発現したTaxの細胞への作用の積み重ねの結果、腫瘍細胞が出現すると想像される(図3)。また、悪性化の過程において、腫瘍細胞はTax機能を代替する遺伝子変異を獲得することで、抗TaxCTLから免れたかたちでの増殖が可能となる。実際、急性転化したATL腫瘍細胞の多くは、プロウイルスの5ユ-LTRを欠損しTaxを発現できなくなっている。
したがって、ウイルス感染細胞の数(=プロウイルスロード)は確率論的な母数の増加を意味し、ATL発症のリスクファクターと考えられるのにたいし、抗TaxCTL活性および個体内におけるウイルス発現の一過的抑制機構はともに、発症制御因子としてとらえることが出来る。本邦における100万人近いHTLV-1感染者が、生涯発症率約数%の確率でATLを発症することを考え合わせると、リスクファクターの軽減はATL発症予防において主要な課題であることは間違いない。Tax DNAワクチンやTaxペプチドワクチンによる抗TaxCTLの増強が発症のリスクを減少させることが出来るのかどうか、あるいは個体内におけるウイルス発現抑制機構はどのようなものか、これらの解析はATL発症予防にむけた取り組みとして検証が必要であり、そのためには、マウスやラットを用いた動物モデルは、有用な情報を提供し得ると考える。
一方、ひとたびATLを発症した場合、腫瘍細胞は短期間で様々な化学療法剤に対する耐性を獲得することから、未だ有効な治療プロトコールは確立していない。しかしながら、近年、ATL治療において骨髄非破壊的同種末梢血骨髄移植(ミニ移植)が効果的であるとする報告が発表されている。成功例においては、移植後にHTLV-1プロウイルスが消失し、また、ドナー由来の抗TaxCTLの増加も報告されていることから、ウイルス抗原を標的とした抗腫瘍効果の存在が強く示唆され、今後、ウイルス発現制御と同調したかたちでの治療の可能性が期待される。