肥満が原因となる病気は沢山あります。
近年、日本においても食生活の欧米化、運動不足、様々なストレスから肥満の人が急激に増えています。「肥満」とは体重が重いだけではなく、体脂肪が過剰に蓄積した状態を言います。
肥満は糖尿病や高脂血症・高血圧・心疾患・脳卒中などの生活習慣病を始めとして数多くの疾患のもととなるため、肥満の予防・対策は重要な位置づけを持ちます。
肥満に対する手術があります。
腹腔鏡下スリーブ状胃切除は2014年に国の保険が適応された減量・代謝改善手術です。
肥満に対しては食事や運動、薬などで治療するのがメインですが、多くの人にとって体重を減らし、それを維持することは難しいです。非常に太っている人は胃を小さくするなどの減量手術も選択肢となります。
腹腔鏡下スリーブ状胃切除は2014年に国の保険が適応された手術です。この手術では、胃の80%ほどを切除し、残す部分は約100㏄とバナナ1本程度の大きさとなります。
食事の摂取量を制限して体内に入るエネルギーを減らすだけでなく、食欲を刺激するホルモン「グレリン」を分泌する場所も切除するために、食欲を低下させる効果も期待できます。
BMIが35以上の高度肥満の方で、半年以上の内科治療でも改善効果がない場合は、手術を考慮して頂くことが可能です。
肥満に対する手術(減量・代謝改善手術)には、長い歴史と効果を裏付けるデータがあります。
肥満を手術で治すという試みが始まってから間もなく70年が経過します。小腸切除による肥満症の体調改善は、空腸結腸バイパス、そして胃バイパスを生み出しました。後遺症が多かったScopinaro手術は、胆膵路転換/十二指腸スウィッチと進化し、その副産物としてスリーブ状胃切除が生まれました。腹腔鏡手術の導入は肥満手術の安全性を高め、トレーニングシステムや認定機構の構築により、安全に世界中に普及されるようになりました。
日本においても、肥満症だけでなく糖尿病などの代謝疾患に対しても、本邦で開発されたスリーブバイパス術が減量・代謝改善手術として安全に普及することが期待されています。
下のグラフは20年間のBMIの推移です。
内科的治療では20年間に渡ってBMIが減少しないのに対して、
手術をうけられた群では、術後1年目にBMIが11減少し、その後微増しますが8年目以降はBMIが7減少した状態が維持されることが示されています。
下のグラフは手術群と内科治療群の20年間の死因と死亡数を示したグラフです。
手術による20年間のBMIの減少は、肥満患者さんの心血管疾患による死亡だけでなく、がんによる死亡も減少させることが示されました。
内科治療群と手術群の死亡率の差は、観察開始6年目から出現しています。
糖尿病になると、様々な合併症を引き起こします。
糖尿病はひとたび発症すると治癒することはなく、放置すると網膜症・腎症・神経障害・感染症などの合併症を引き起こし、末期には失明したり透析治療が必要となることがあります。
肥満手術は糖尿病にも有効です。
長い歴史と効果を裏付けるデータがあります。
90年以上前から胃切除で糖尿病が良くなることが報告されています。
そして、近年になり糖尿病に対するスリーブ手術やバイパス手術の有用性が臨床試験で報告されるようになりました。
治療開始5年後の結果が2017年に報告されましたが、内科治療を受けた患者さんでは糖尿病治療薬が不要となった割合がわずか2%であったのに対して、スリーブ手術では25%、バイパス手術では45%と手術を受けた患者さんで糖尿病治療薬が不要となる割合が10倍以上高いことが示されました。
New England Journal of Medicine Feburary 16, 2017。
その結果では、バイパス手術を受けられた患者さんでは12年後に糖尿病を発症していた方がわずか3%であったのに対して、手術を受けれなかった方や手術を考えなかった方では26%が糖尿病を発症されていました。New England Journal of Medicine September 17, 2017。
下のグラフは10年間の体重減少率を示したものです。 内科治療群も5%程度の体重減少が示されており、質の高い内科治療が提供されたことが伺えます。
そして、その内科治療にバイパス手術を加えることにより、30%近い体重減少が10年間に渡って得られることが示されています。
下のグラフはHbA1cの経過を示します。 バイパス手術群では10年間に渡ってHbA1cを7%以下に抑えることが出来ています。
内科治療群も10年間に渡ってHbA1cが8%以下に抑えられており、やはり質の高い内科治療が提供されたことが伺えます。
内科治療群とバイパス手術群のHbA1cの差はそれほど大きくはありませんでしたが、10年間の糖尿病関連疾患の発生状況には大きな差がありました。
内科治療群では、心筋梗塞、網膜症、腎症、神経障害といった糖尿病関連疾患が少なからず発生しましたが、バイパス手術群ではわずか2名に腎症が発生したのみで、心筋梗塞、網膜症、神経障害などの糖尿病関連疾患は発生しませんでした。
10年後の糖尿病治療薬の使用状況です。 内科治療群は、当然ながら10年後も全員が何らかの糖尿病治療薬を必要とし、18名中4名がインシュリン注射を必要としていましたが、 バイパス手術群では、40名中17名が糖尿病治療薬を必要とせず、インシュリン注射を必要とした患者さんはわずか1名のみでありました。
下のグラフは10年後のQOL結果を示しています。 赤が内科治療で青と緑がバイパス群のQOLを示しています。 面積が大きい方が生活の質が良いことを示します。
10年間にわたる30%の体重減少、糖尿病関連疾患の抑制、そして糖尿病治療薬の少ない使用頻度は、バイパス手術を受けた患者さんのQOLを良好なものにすることが示されています。
本邦からも肥満・糖尿病に対する手術の有用性を示す結果が沢山報告されています。
上の図は東京の四谷メディカルキューブで腹腔鏡下スリーブ状胃切除を受けられた179名の肥満患者さんの体重経過です。日本人においても手術が有効であることが示されています。
Yosuke Seki, Kazunori Kasama, Kenkichi Hashimoto. Obesity Surgery, May 19 2015.
上の図は同じく四谷メディカルキューブからの報告です。腹腔鏡下スリーブバイパス手術を受けられたBMI30kg/㎡以上(平均38.5)の120名の糖尿病患者さんにおいて、約80%の方で糖尿病治療薬が不要になったことが報告されています。
Yosuke Seki, Kazunori Kasama, Hidenori Haruta, Atsushi Watanabe et al. Obesity Surgery, September 19 2016.
Yosuke Seki, Kazunori Kasama, Kazuki Yasuda, Erri Kikkawa, Naoki Watanabe, Yoshimochi Kurokawa. Surgery for Obesity and Related Diseases, July 2018.
日本においても、肥満や糖尿病に対してプラス外科治療という方向性を考えて頂ける時代かと思います。