Dr.西山の渡航外来よもやま話

第12回 ダニ媒介性脳炎

ダニ媒介性脳炎

マダニ類に吸血されることによって感染を起こす「ダニ媒介性脳炎」というウイルス性感染症があります。発症すると、発熱、倦怠感、頭痛などがみられ、発症者の3割くらいの方がやがて中枢神経系の障害を認めるようになります。ヨーロッパでの成人患者死亡率は約1%程度とされています。

このウイルス性感染症はヨーロッパからロシア極東にかけてのユーラシア大陸の広範囲に渡って感染者が報告されており、毎年1万人以上の感染者が発生しています。日本ではあまり聞き慣れない疾患かもしれませんが、北海道においてウイルスが発見されており、日本でも地域によっては感染の可能性を考慮する必要があります。オーストリアを訪問した邦人が本疾患に罹患して死亡したという報告があります。ウイルスを媒介する動物は前述の通りマダニ類であり、実際的にはマダニ類が活発に活動する期間である3月から11月くらいにかけてが感染流行時期となります。マダニ類は人里離れた森林が主な生活圏と考えられていますが、流行地域においては街中であっても公園や庭園などにおけるマダニ類からの刺咬に注意が必要とされています。主たる感染経路はマダニ類による刺咬ですが、経口的に感染した症例も東ヨーロッパから報告されています。具体的には、本ウイルスに感染した動物、特にヤギ・ヒツジ・乳牛などから採取された未殺菌ミルクやその加工乳製品を摂食することによって感染が成立します。

現在、不活化ワクチンは4種類あり、そのうち広く流通しているのがFSME-Immun® (Baxter, 1976年~)とEncepur® (Novartis, 1994年~)です。しかしながら、これらのワクチンはまだ日本で承認されていないため、日本で使用するためには外国から輸入しなければなりません。両者ともに有効な抗体誘導性が示されておりますが、FSME-Immun®においては、他のワクチンと比較して副反応の出現率が低かったというデータや1)、高齢者での抗体誘導性の有効性がしめされています2)。

ダニ媒介性脳炎は渡航先や活動内容によっては十分に注意を要する場合がありますが、日本では本ワクチンが製造・販売されておらず、流行地に渡航されるのにも関わらず、接種を考慮されていない場合が見受けられることがあります。有効なワクチンがあるならば、それをもってしっかりと予防することが大切です。

まずは渡航に関する専門医にご相談下さい。


参考文献

  1. Loew-Baselli A, Konior R, et al. Safety and immunogenicity of the modified adult tick-borne encephalitis vaccine FSME-IMMUN: results of two large phase 3 clinical studies. Vaccine 2006 Jun 12; 24(24): 5256-63.
  2. Jílková E, Vejvalková P, Stiborová I, Skorkovský J, Král V. Serological response to tick-borne encephalitis (TBE) vaccination in the elderly-results from an observational study. Expert Opin Biol Ther. 2009 Jul; 9(7): 797-803.



文責:海外渡航者医療センターセンター長 西山利正

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