私は外務省領事局の海外巡回健康相談アジア大洋州チームの団長として、マレーシアのボルネオ島コタキナバルに行って参りました。
近年のマレーシアの発展はすさまじく、日本人のビジネスマン、観光客がとても多い地域です。
また、クアラルンプール市内は明るく清潔感に富み、治安の良さやマレーシア人の人なつっこさも重なり、日本人にとって最も暮らしやすい東南アジアの大都会の一つです。確かに、食品なども衛生管理が比較的よくなされており、不用意に生ものを食べなければ、安心して食事することができる、東南アジアでは数少ない地域だと思います。
ところが、このマレーシアにも日本人に馴染みの少ない風土病があることをご存知ですか。
日本人は蚊に対して無防備なのです。日本では蚊に刺されておこる病気が日本脳炎を除いてあまりありません。
また、寝る時に蚊取り線香や電気蚊取り器を使用したりしますが、日常の夜間外出時に、虫除けスプレーを使用したりする習慣はあまりありません。この日本人の習慣が熱帯では病気にかかる元となります。
最近、私の外来に、奈良県のある病院から連絡があり、発熱した患者さんの紹介がありました。患者さんは59歳の女性でした。商社マンに嫁いだ娘さんに会いに、マレーシアのクアラルンプールに行き、娘さんの自宅に1週間ほど滞在されました。夕方マンションのベランダに出て、暮れゆく景色をよく見ていたとのことでした。そのときよく蚊に刺されてしまったとのことでした。奈良県の自宅に戻られて、その翌日から40℃を超える高熱が続き、全身に発疹も出現したため、近くの病院を受診しました。血液検査では血小板(血液凝固に必要な血球の一つ)が大変減少しているとのことで、関西医大に紹介された患者さんでした。診察の結果、この患者さんは東南アジアによく見られるデング熱というウイルス性疾患でした。この患者さんはクアラルンプールという東南アジア屈指の大都会で、ネッタイシマカ(ヤブ蚊の一種)に刺されて感染したものでした。幸い命に別状なく退院されましたが、日本人の蚊に対する油断から引き起こされたものでした。
蚊によって媒介される病気はデング熱のほかに、黄熱、マラリア、日本脳炎、西ナイル熱、チクングニア熱などが有名です。
黄熱は野口英世が研究し、その病気にかかって死んだ有名なウイルス性疾患です。デング熱と同様にネッタイシマカによって媒介され、アフリカと南米の一部の国に分布しているウイルスによる病気です。流行している国に入国する際に、国際的に黄熱の予防接種が義務づけられている病気でもあります。
マラリアはハマダラカによって媒介される原虫性の病気です。赤道をはさんでベルト状に分布国が広がり、数億人の人が感染しており、熱帯の発展途上国では常に死因の上位を占めている病気です。我が国でも三日熱マラリアという種類のマラリアが分布していましたが、1950年代を最後に撲滅され、現在は輸入感染症として年間100例程度発症が確認されています。マラリアの詳細はまた、項を改めることとします。
日本脳炎は、みなさんもよくご承知だと思いますが、コガタアカイエカによって媒介され、我が国や中国、インドシナ半島の国々、インドネシアの島々に流行しているウイルス性の病気です。我が国では予防接種によってコントロールされていますが、2005年に予防接種により重篤な副反応がでて以来、予防接種が行いにくい状態がありましたが、2009年に新しく副反応の少ないワクチンが開発・販売されました。
西ナイル熱はヤブ蚊によって媒介されるウイルス性の病気です。北米で最近よく見られ、日本に上陸するのではないかと心配されております。
チクングニア熱は変な名前ですが、れっきとした蚊によって媒介される病気の名前です。最近注目されており、アフリカ、インドなどで見られておりましたが、ヨーロッパに輸入されたのではないかと話題になっております。
このように、世界では蚊によって媒介される病気がたくさんあり、海外渡航が盛んになればなるほど、日本人がこれらの病気に罹る可能性が高くなっております。従って、海外に渡航する(特に熱帯地方が注意)と、夜間はできるだけ、長袖・長ズボンを着用し、露出している皮膚は(耳の裏をよく忘れるので注意)虫除けスプレーなどを使用する。また、睡眠時は蚊帳を用いることなどの防蚊対策をする必要があると思います。今回の事例のように、大都会であるという油断から、また、蚊を怖がらない日本人の気質からデング熱に罹りました。やはり、海外では大都会でも蚊は怖いものですね。