Dr.西山の渡航外来よもやま話

第7回 海外での刺身 -肝吸虫-

海外での刺身 -肝吸虫-

最近、海外に進出する企業は年々増加の傾向を見ております。
ビジネスマンは現地で接待をしたり、また接待を受けたりすることがよくあります。
今回は、以前経験した症例で、商社マンが現地で接待を受けたときに、不用意に食べた刺身で感染した病気について書かせていただきます。

患者さんは、東大阪市在住の軽機械輸出商社で働いておりました。
仕事で中国広東省広州に商談で渡航しておりました。
商談は順調にいったようで、夕食を中国側の担当者の接待で食べることにしたそうです。
中国側の担当者は日本人が来た、ということで気を遣って(日本人は魚の刺身が好きだと信じていたようで)、川魚の刺身を出してくれました。
しかしながら、この商社マンは生来魚が嫌いで、物心ついた頃から食べたことのない人でした。「いやだな」と思ったようですが、商談もうまくいっているし、機嫌を損じるのもよくないと思ったようで、我慢して食べたそうです。仕事はうまくいきよかったわけですが、帰国後1ヶ月ほどで腰痛が出現しました。
近くのお医者さんに行きましたが、腰痛は軽く、病気としてはそれほど問題が無かったようです。
受診時、同時に行った血液検査で、好酸球という血液細胞の一種が、増加しておりました(この現症は、アレルギーの病気や寄生虫の感染でよく見られます)。
主治医の先生は、この患者さんはもともとアレルギーをもっていないので、海外渡航で寄生虫疾患に罹ったかもしれないと考え、私の外来に患者さんを紹介してくれました。検便をしたところ、紹介してくれた主治医の先生が考えた通り、この患者さんは肝吸虫という、肝臓に寄生する寄生虫に感染しておりました。すぐに私は、プラジカンテルという特効薬を処方し、治療を行いました。


皆さん、肝吸虫という寄生虫をご存知ですか。
肝吸虫は、日本をはじめ東アジアに広く分布している寄生虫です。
寄生虫はちょうど柳の葉の様な形をしており、人の肝臓の中の胆管というところに寄生する虫です。
感染はコイ科の淡水魚を生で食べると感染します。日本では「鯉の洗い」で感染します。
韓国や中国の一部の地域では、わが国と同様に川魚を刺身で食べる地域があり、濃厚な感染地となっています。この肝吸虫は人に寄生すると長生きするもので、20年ほど生き続け、人の胆管に炎症を繰り返し、腹痛の原因になったり、胆石を作ったりします。胆管癌もしばしば併発したりします。
我が国では琵琶湖周辺がよく感染する地域として知られていますが、全国に広く分布しております。国内旅行で山間の秘湯ツアーなどに行くと、夕食で鯉の洗いが出てきますが、これは要注意としてください(養殖した鯉は殆ど大丈夫だと思います)。
また、最近外来で経験する肝吸虫症の症例の殆どが、先ほど述べた症例のように中国、韓国で感染した輸入症例です。海外での刺身も、特に淡水魚の場合、要注意と心がけてください。東南アジアでもこれと似た寄生虫で、タイ肝吸虫という寄生虫がいます。これも川魚で感染します。タイやラオスなどでは住民の半数以上が感染している濃厚感染地があります。それはその地域の伝統的な食事で、メコン川でとれた川魚をすりつぶして食べる風習が、今なお根強く残っているからです。このような地域に旅行して、エスニック料理としてこのような料理をうっかり食べると感染してしまうので、ご用心ください。

肝吸虫の治療は、近年プラジカンテルという特効薬が開発され、容易に駆虫することができるようになりました。
ここ20年の間に、鯉の洗いを食べたことのある人、中国や韓国で川魚の刺身を食べたことのある人、タイやラオスでエスニック料理を食べたことのある人は、是非専門医の診断を受け、検便をしてください。


文責:海外渡航者医療センターセンター長 西山利正