研究内容
1. ヒト化マウスを用いたHTLV-1感染機構の解明と発症予防・治療法の開発
ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)は日本人に馴染みの深い病原体で、このウイルスの感染によって引き起こされる成人T細胞白血病(ATL)、HTLV-1関連脊髄症(HAM/TSP)、HTLV-1ぶどう膜炎(HU)は日本人研究者によって発見されたものです。HTLV-1はヒトに感染後、長い潜伏期間を経て上記の関連疾患を発症させますが、その潜伏感染や発症のメカニズムについてはまだ謎が多く残っています。
HTLV-1の感染状態の解析やそれを踏まえた発症予防・治療法の開発には、HTLV-1感染モデル動物による検討が重要です。しかし、HTLV-1は主にヒトCD4陽性T細胞に細胞間の接着を介して感染しますが、マウスをはじめとする実験動物には感染性を示さないため、HTLV-1 感染モデル動物の確立が困難でした。そこで当研究室では、重度免疫不全マウスにヒト臍帯血由来の造血幹細胞を移植することにより、ヒトの血液・免疫系を構築したヒト化マウスを作製し、このマウスにHTLV-1を感染させることで、HTLV-1の急性感染モデルを実現させることに成功しました。この動物モデルは、ヒトでは困難な、生体内のHTLV-1感染細胞を詳細に解析することが可能で、新規の薬剤候補の評価系としても極めて有用なツールです(図)。そこで現在、この感染モデルを用いて、HTLV-1感染の制御に腸内細菌叢が関与するかなどの検証や発症予防・治療法の開発を行っています。
しかし、このモデルには課題もあり、感染細胞の急激な増加により当該マウスが早期に死亡し、HTLV-1感染者(キャリア)と同様の長期の潜伏感染や慢性感染の状態を再現できていません。これはおそらくHTLV-1に特異的なヒト型免疫誘導が不十分であることが原因の一つと考えられるため、現在その改良に取り組んでおり、キャリアの感染状態に限りなく近い新規のHTLV-1感染ヒト化マウスモデルの開発を試みています。
2. HTLV-1の転写制御を中心としたウイルス複製機構の解析
当研究室ではヒトT細胞株であるJurkat細胞をベースにHTLV-1感染細胞クローンを樹立する方法を確立しました(図)。樹立したHTLV-1感染細胞を用いて、HTLV-1遺伝子の転写制御を中心にこのウイルスの複製機構の解析を行っています。また、この手法を用いて変異型HTLV-1感染細胞株を作成し野生型と比較解析することで、標的遺伝子・配列の機能をウイルス学的に解析することができます。現在国内外の研究室との共同研究により、HTLV-1プロウイルスに存在する機能性領域のウイルス複製における役割を解析しています。
3. HAMの発症機序・危険因子の解明と臨床応用
HTLV-1感染によって、一部の感染者(キャリア)に重篤な神経難病であるHTLV-1関連脊髄症(HAM)が発症しますが、発症の機序や危険因子は完全には解明されていません。近年では末梢血中のウイルス量(プロウイルス量)が発症に深く関わっていると考えられており、図のようにHAM患者では未発症の感染者に比べて有意にプロウイルス量が高いことが知られています。またHAM患者では長い臨床経過の中で、症状増悪時にプロウイルス量が上昇する例も示されており、プロウイルス量の測定がHAMの診断や症状悪化の指標として臨床現場で応用されています。しかしながら、プロウイルス量の高いHAM未発症者や、逆にプロウイルス量の低いHAM発症者が少なからず存在しており、プロウイルス量だけでは病状の把握は困難となっています。また、sIL-2RやIP-10といったサイトカイン関連因子などプロウイルス量以外にもHAM発症の危険因子マーカーとして測定(臨床応用)されているものがありますが、いまだ不十分なのが現状です。
当研究室では経時的に集められたHTLV-1感染者の末梢血を解析することで、HAM発症・増悪の危険因子のさらなる解明を行い、最終的にはより適切な診断・治療への応用を目的としています。
4. COVID-19を含む新興・再興感染症に対するウイルス標的療法の開発
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)をはじめ、強毒なウイルスなどの新興・再興感染症には、まだ効果的な治療法がないものが多く見られます。ひとたびこれらの感染症が拡大した際の健康被害や社会的損失は計り知れず、恐ろしいことに病原体がバイオテロに悪用されるリスクさえあります。しかし感染症に対する治療法を開発しておけば、感染者の救命につながるだけでなく、感染の二次的な拡大やアウトブレイクの発生も防ぐことができ、バイオテロへの抑止力にもなります。
これまで、ウイルス受容体を発現する組換え水疱性口内炎ウイルス(VSV)を用いて、ヒト免疫不全ウイルス1型(HIV-1、エイズウイルス)やHTLV-1などに対する新規の治療法(ウイルス標的療法、Virotherapy)を開発してきました(図)。これらの技術等を、COVID-19を含む新興・再興感染症の新たな治療法として応用できるのではないかと考え、この治療用組換えVSVの有効性や安全性について現在検討しています。