Dr.西山の渡航外来よもやま話

 

第8回 快楽の果てに -B型肝炎-

 私が以前、市民対象の渡航医学の講演会の講師になったときのことです。講演終了後、年の頃なら30代そこそこの小柄な美女が、相談があるとのことで私に声をかけてきました。とてもきれいな人だったので、どきどきしながらお話を聞きました。それは彼女のインドネシアの一人旅での出来事でした。インドネシアに着いた当日の夕方、宿泊しているホテルのラウンジで、ウイスキーを飲んでいると、背が高く、とてもハンサムな男性が近づいてきて、声をかけられたとのことです。旅の気のゆるみか、お話をすることになったようです。その後、旅の開放感か、熱帯地方独特の雰囲気に飲み込まれ、よくある男女の関係になってしまったようです。帰国後、普通に仕事をしていたようですが、ある日職場の同僚に「最近、元気がないよ」といわれ、そういえば、ここ2,3日体がすごく重く、しんどかったので、すぐに近くのお医者さんに行ったとのことです。血液検査の結果、B型肝炎との診断でした。

 皆さん、B型肝炎って、どんな病気かご存じですか。一般に、血液から感染する病気として有名で、昔、輸血後肝炎の原因の一つとしてあげられていました(今は、検査がしっかりとされていますので、今はこんなことはありません)。ところが、このB型肝炎は血液のほか、精液や、その他の体液からも感染することが知られ、成人の急性B型肝炎は性感染症としても有名です。このB型肝炎は、やはり海外渡航で問題となるA型肝炎よりも病原性において、きわめて強く、よく重傷化し劇症肝炎となって、死に至ることのある疾患です。つまり、「行きずりの恋」は命がけなのです。

 B型肝炎の病原体はB型肝炎ウイルスで、s抗原、e抗原などの抗原とそれに対してs抗体、e抗体などが血中に出現し、その感染の状態をよく示しますので、お医者さんは血液検査で用います。最終的にs抗体が出現すればB型肝炎は病気として終息すると考えられています。今回の彼女の場合、まだs抗体の出現はありませんでしたのでまだ肝炎が活動していると思われました。血液生化学検査の結果では、肝機能は中等度上昇しており、この状態ではまだ、即時入院の必要性はありませんでした。

 渡航医学的予防として、B型肝炎の場合、この肝炎が多い地域(たとえば、いま、在留邦人が急増している中国、アフリカなど)では不特定の人との性交渉は慎む必要があります。また、予防接種は有効で、3ヶ月ほど前より計画してワクチンを3回摂取する必要があります。

 B型肝炎の他、海外渡航で見られる肝炎はA型肝炎、C型肝炎、E型肝炎と多岐に渡っていますが、A型肝炎とE型肝炎はその病原ウイルスを経口摂取することにより、感染が成立します。また、C型肝炎はさきほど述べましたB型肝炎と同様に、血液や体液から感染すると言われています。

 A型肝炎は、終戦以前に生まれた人はほとんどすでに感染(症状も出ず、治っている人がほとんど)していますが、不完全な加熱調理の食材を食べることにより感染します。A型肝炎は従来、入院して安静にしていれば、すぐによくなるといわれていましたが、最近、発展途上国でのA型肝炎は、発症後、劇症化して死に至る症例も散見され、渡航者病としては要注意です。予防として、発展途上国などでは、非加熱の食品は食べないことなどの対策が大事です。さらに近年、非常によいワクチンが開発されましたので、ワクチン接種による予防が重要だと思います。ただ、予防接種は2~3ヶ月前から、前もって予定して、ワクチン接種を行わなければなりません。お近くのトラベルクリニックに相談ください。

 C型肝炎は上述した様に、血液から感染する肝炎として有名です。ところが、B型肝炎とは異なり、感染源であるウイルスは精液のなかに出現する量は少なく、性感染症とは考えられていません。ところが、渡航者病としては重要です。わが国の海外渡航者のなかで、海外で刺青を彫る人が増えてきております。私の外来でもインドネシアで刺青を彫りC型肝炎に感染した男性を経験しております。

 E型肝炎は、A型肝炎と同じように経口感染しますが、以前中国チベットの奥地で流行があり有名になりました。その後の調査で、わが国でも、この病原ウイルスに対する抗体の保有者がたくさんいることが報告され、常在していることが証明されています。

 このように海外で感染する肝炎はたくさんありますが、今回お話しした症例のように、一時の快楽のために、時として死に至る病気に罹ることがあるので、海外での行動には常に自己責任のもとで、慎重に行わなければならないと思います。他の性病の話は、また別の機会にお話ししましょう。

         文責:海外渡航者医療センターセンター長 西山利正



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