第10回 古典的性病の話 -梅毒-

以前性病の話として、B型肝炎の話題を取り上げましたが、今回は性病の代表格の、梅毒のお話をしてみましょう。

この症例も10数年ほど前のことになりますか、50代前半の男性が、私の外来にやってきました。最初は、なにやらはっきりものを言わず、「何か変な患者さんだなあ」と思っていました。いろいろ問診をとっていると、だんだんわかってきましたが、患者は某市立中学校の教頭先生で、研修でタイのバンコックに行ってきたとのことです。数日の研修の後、帰国されたわけですが、その後6週間程度の経過を経て、微熱、発疹などの体調の変化を認め、私の外来を訪れたわけです。ご本人の希望もあり、HIV感染症や、梅毒、淋病、クラミジア尿道炎などの、古典的な性病に関する検査も一通り行い、その日の診察を終えました。患者さんは、数日後検査結果を聞くために再び来院しましたが、ご本人の心配していた通り、見事に梅毒とクラミジア尿道炎にかかっていた訳です。ご本人にそれを告げると、観念したかのように、バンコックでのことをお話いただけました。バンコックで教育研修を受けた夜、夕食で少し飲み過ぎて、気が大きくなり、繁華街に出て行き、いかがわしいクラブに入ったようです。そのあとはおきまりのコースをたどり、このような結果になったわけです。そこで私は梅毒とクラミジア尿道炎に対して治療を開始しました。私は、ご本人には「HIVの様に完全に治療できないものに感染していなくてよかったね」と慰めるしかなかったわけです。さらに私は彼に「奥さんに対しても梅毒とクラミジア感染症に感染している可能性があるので、奥さんも検査をした方がよい」と説明しました。

その次の来院の時に、彼は私の説明に従って、奥さんを私の外来に連れてきてくれました。彼の奥さんは中学校の体育の先生で、肩幅は広くがっちりした人でした。はじめ奥さんは何で私の外来に呼ばれたかわからなかったようですが、私が説明をしているうちに、目が三角形になってきて、私は大変なことになってきたなあと思いつつ、早々に話しを切りあげて、検査をしてもらうことにしました。ご夫婦が私の外来から出ていき、カーテンの外に出たとたん「バシ」と大きな音が聞こえ、同席していた看護師さんと目を合わせ「怖い!」と、小声で叫んでしまいました。

 数日後、奥さんの検査結果が出て、陰性であることが判明し、無事に私は奥さんの治療をしなくてすんだのですが、その後この夫婦がどうなったかわかりません。私はこの夫婦に悪いことをしたのかなと思い、何か後ろめたいことすら感じました。

さて、皆さん、梅毒についてご存知ですか。梅毒の歴史的な記載は諸説あり、決定的な説はありません。比較的有力な説として、元々アメリカ大陸の原住民の間で梅毒が存在し、コロンブスの新大陸発見により、梅毒もヨーロッパに持ち帰られたとする説があります。ただ、コロンブスがアメリカ大陸を発見してからきわめて短期間に、ヨーロッパを始め、アジアなどの世界中に広がっており、コロンブスの持ち込みだけでこの梅毒の広がりを説明できるか、疑問の余地はあります。ただし、わが国には1512年に最初の報告があり、コロンブスのアメリカ大陸発見から20年程度で、上陸していることになります。

        文責:海外渡航者医療センターセンター長 西山利正




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