心療内科とは

心療内科を知っていますか?
 心療内科。それは近ごろよく耳にする科のひとつです。そして最も知られていない科のひとつでもあります。このホームページをご覧の方で心療内科という名前を聞いたことがないという方は少ないでしょう。それでは心療内科とはどのような病気を診ているのかを説明できる方はどのくらいいるのでしょうか? おそらくほとんどの方はわからないとお答えになるでしょう。
 ここにあるデータがあります(図1)。ある市中病院の心療内科を受診した451名の患者に、「心療内科とはどのような科だと思いますか?」と尋ねて、返ってきた回答をまとめたものです。心療内科にやってきたにもかかわらず、心療内科を理解している人はおよそ5人に1人しかいませんでした。最も多かったのは精神科との混同で、不思議なことに「わからない」という人が2割もいました。自分が今から受診しようとしているにもかかわらずです。



図1 日本運動器疼痛研究会誌vol.1(2009)より

 ここで、「あれ?」と思った方。「心療内科って精神科のことじゃないの?」そう、違うんです。心療内科、神経内科、精神科。この三つは混同されることの多い科で、特に心療内科と精神科は医師でさえ区別の付いていないことも多いくらいですから、一般の人が違いを分からないというのも無理のないことでしょう。この項では心療内科について説明します。
心身医学誕生の背景
 心療内科とはどのような病気を専門としているのでしょうか。その質問に答える前に医療の歴史について触れた方が理解しやすいと思います。
 現代医学は、紀元前5世紀に「医学の父」と呼ばれるヒポクラテスが医学を呪術や宗教から切り離し、科学として位置づけたことからはじまるといわれています。ヒポクラテス派は環境や生活習慣の乱れが病気を引き起こすと考え、特定の病気というよりは病気をもった患者全体を治療の対象ととらえていたようです。
 時を経て17世紀には、哲学の領域においてデカルトが“複雑な物事は、それを構成する個別の要素を理解すれば全体も理解できる”という「要素還元主義」を提唱しました。突き詰めていうと、細胞ひとつひとつの特性がわかれば人間を理解できるということです。この考えは医学にも取り入れられ病気の原因をある特定の解剖生理学的異常に求める「特定病因論」が盛んになってきました。さらに19世紀に入ると特定病因論を証明するかのように、パスツールによる細菌の発見、コッホによるワクチンの開発、フレミングによる抗生物質の発見と、これまで原因不明で治療法も分からなかった感染症が病原菌という特定の原因によって引き起こされ、原因を取り除く治療が可能となっていきました。こうしたこともあいまって、現代医学はヒポクラテスの学説から離れ、病名の診断とその原因を取り除く治療が重視されていくようになっていきました。
 一方この時期は精神医学の分野でフロイトが、当時ヒステリーと呼ばれていた身体に異常がないにもかかわらず精神的原因によって生じる身体機能の問題に対して、精神分析による治療をはじめた頃でもありました。ちなみにヒステリーという言葉は興奮して感情的にわめき散らすことを指して使われる場合がありますが、これとはまったく異なります。また現代の精神医学ではヒステリーという病名が使われることはありません。ところで当然の話ですが、身体に異常がないかどうかの判断は診察や検査を通しておこなわれます。ということは診察技術や医学検査の発展によって左右されるわけで、当時ヒステリーとされていたものの中には現在では原因が見つかり身体の病気に含まれているものもあっただろうと想像されます。
 こういった流れの中で20世紀になってキャノンが体の内部状態を一定に保つ生理的メカニズムであるホメオスターシスとストレスに対する生理的反応を、セリエがストレスによって生じる体の異常を提唱しました。そうして心と身体の相互作用を研究する学問としてドイツで心身医学が生まれました。心身医学はドイツからアメリカへ渡ったアレキサンダーによる命名で、アメリカでは精神分析家を中心に発展していきました。今日ではアメリカでは精神科医が内科などと協力するリエゾン医学として、ドイツでは独立した心身医学科として実践されています。日本では1959年に日本精神身体医学会(現在の日本心身医学会)が設立され、1963年に九州大学精神身体講座(当時)の診療科として最初の心療内科ができました。その後心療内科の数は増えましたが、大学の医学部で心療内科の講座(独立した研究・教育・診療の部門)があるのは全国でも九州大学、東京大学、東邦大学、関西医科大学、鹿児島大学の5つだけにとどまっています。
心身医学の視点
 エンゲルは20世紀後半に当時主流であった特定病因論にもとづく医学である「生物医学的モデル」の限界を指摘し、疾患を理解するには病気を持った個人の解剖生理学的異常だけでなく、心理や社会といった多面的な視点からの理解が必要であることを主張し、この新しい医学モデルを「生物心理社会学的モデル」という名前で呼びました。たとえば風邪という疾患を生物医学的モデルでとらえるとウイルスによって引き起こされた上気道の炎症となりますが、生物心理社会学的モデルからみるとそれに加えて患者の手洗いやうがいの習慣、疲労や睡眠不足、大気の乾燥や患者との接触などといったいろいろなものの関与も含めて理解するということになります。こういった医学モデルは心身医学において中核をなす概念と考えられています。
 ところで心身医学が対象とする疾患にはどのようなものがあるのでしょうか。アレキサンダーは「7つの聖なる疾患」として、本態性高血圧、気管支喘息、消化性潰瘍、甲状腺機能亢進症、潰瘍性大腸炎、関節リウマチ、神経性皮膚炎をあげました。これらはいずれも心理社会的なものの影響を受けやすい疾患なのです。ここで注意して欲しいのは、心理社会的なものが“原因”ととらえているわけではないということです。「原因→結果」という直線的な関係ではなく、いろいろな“要因”が互いに影響し合って身体の異常を引き起こしていて、そのひとつに心理社会的なものがあるということなのです。ですからその影響の大きさによって同じ病名の患者でも、ほとんど体の異常とだけ考えて治療できる人もいれば、心理社会的なものをかなり考慮しなければならない人もいるわけです。そして体の病気のなかでも心理社会的な因子の影響がかなり強い傾向を「心身症」と呼びます。
心身症とは
 よく誤解されますが、心身症というのは病名ではありません。同じ病名の人たちを比べた際の傾向(病態)を表す言葉であって、病名の後ろに「(心身症)」とつけ加える形で使用する用語なのです。といってもある病気が心身症とそうでないものに厳密に分けられるものではなく、ひとつの病気のなかでも心身症傾向の強いものから弱いものまで連続的にあって、その傾向が弱い場合は身体に対する治療だけで良くなるし、心身症傾向の強いものには心理社会面も考慮した治療が必要となるのです(図2)。ということはこれまで軽い心身症傾向に位置していた人たちが、身体面への治療が発展したためにもはや心身症として治療しなくても良くなるようになるということも起こるわけです。実際、胃潰瘍(心身症)や気管支喘息(心身症)などは治療薬がめざましく進歩したため、以前に比べると心身症として治療しなければならない症例はぐんと減っています。



図2 心身症の概念

心療内科はどんな科?
 いよいよ心療内科の説明をさせていただきます。心療内科は文字通り内科の一分野です。ただ、一般の内科が消化器や循環器といった臓器別で分類されているのに対して、心療内科は疾患の心身症傾向による分類ということができます。つまり心療内科は、内科領域の心身症の診療を行う科ということになります。もう少し正確にいうと、体の病気を抱えた人を、体だけでなく心理社会的な面も含めその人が経験するあらゆることを考慮しながら治療を行うということです。そういう意味では心療内科が行う医療は、「全人的な医療」とも表現できるでしょう。内科領域といいましたが、実際には内科以外の領域の心身症も診ることが多いです。その理由については後述しようと思います。
 ここで心療内科は心身症のみを診るべきかという議論があります。Yesの立場から言えば、心身症としてとらえなくても治療できる体の病気は内科や小児科、婦人科など他の診療科が、精神疾患なら精神科が診ればよいので心療内科は心身症を診る科だという意見があります。一方でNoの立場からは、精神疾患でもストレスに関連して発症するものもあるのだからそういったものは心理社会的な要因を扱える心療内科が診るべきだとか、心療内科を実際に受診する患者の多くは精神疾患だから精神疾患の診療も行うべきだという意見もあります。これは個々の医師の考えやどこで診療を行うかによっても変わってくる話でしょう。たとえば町のクリニックでは内科医が虫刺されの薬を処方することもあるでしょうし外科医が風邪薬を出すこともあるでしょう。逆に総合病院や大学病院ではより専門的な治療を必要とする患者を対象としているので、各科の専門領域に限定した診療を行い専門外の疾患は他科に紹介することが多いでしょう。また精神疾患を診ていれば精神疾患の患者が増え、心身症を診ていれば心身症の患者が増えるのはあたり前のことですから、受診する人が多いので精神疾患を診るべきだというのは本末転倒のようにも思われます。
 全国の大学で心療内科の講座が5つだけといった現状を考えると、心療内科学講座は患者の診療だけでなく、率先して「心療内科かくあるべし」といった情報発信を行うオピニオンリーダーとしての役割も求められるのではないでしょうか。このような観点と同じ病院内に紹介可能な多数の専門科が存在するという背景から、関西医科大学心療内科では内科領域あるいは専門科が特定できないような身体疾患の心身症を専門的に診療しています。
標榜科としての心療内科
 心療内科の看板を掲げる病院や診療所は、1996年に厚生労働省が標榜科(広告してよい科名)として認めてからいっぺんに増えました。しかしそのほとんどは精神科を専門とする医師によるもので、本来の内科疾患を専門とする心療内科はごくわずかしかないのが実態でした。そのため本来あるべき姿がどうであれ、心療内科が精神科と同じもしくは精神科にいくほど重症ではない精神疾患を診るところといった勘違いの方が実情を正しく言い表すというややこしい状況が生まれたのでした。これは精神疾患に対する根強い誤解と偏見に起因するところが大きく、精神科が偏った視線をかわすために神経科や心療内科と名乗らざるを得ない状況が、結果として大きな混乱を引き起こすことになったといえるでしょう。
 ところで心療内科と同じく精神科と混同されやすい科に神経内科があります。神経内科は脳や脊髄、末梢神経、筋を内科的に診療する科なのですが、かつて脳の異常で起こる神経疾患と精神疾患との境界が今よりももっと曖昧だった頃に、内科医と精神科医が一緒になって神経学と精神医学を研究する精神神経学会という学術団体を創り上げた経緯があります。その後内科医たちが独立して神経学会を創立したのですが、精神医学の学会は精神神経学会のままなので、精神科医は精神科、精神神経科、神経科などと多くの名前を名乗ることになったのです。一方神経内科では、精神科との混同を避けるためもしくは脳神経外科と同様の疾患を内科的に治療する科であることを明確にするために、脳神経内科と自称しているところもあります。とはいってもいまだに境界線がはっきりしない領域もあって、例えば認知症やてんかんなどは病院によって神経内科が診ているところもあれば精神科が診ているところもあります。
 先に心療内科でも内科領域以外の心身症を診ることがあると書きましたが、それは日本の心身医学が内科を中心に発展したということ以外にも、「心療○科」という標榜が内科だけにしか認められていなかったということも原因のひとつです。ところが2008年4月からは内科以外にも「心療」を付けた標榜が認められました。また学会では日本心身医学会以外にも、日本女性心身医学会、日本小児心身医学会、日本歯科心身医学会、日本心療内科学会、日本皮膚科心身医学会と心身医学に関連した学会が設立され、徐々に多領域に心身医学が広まりつつあります。今後「心療婦人科」や「心療小児科」などの看板を見かける日も遠くないかもしれません。

〔補足事項〕

心療内科説明書

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