優生学の錯綜

2005/05/20

生命倫理学資料

優生学:不良な遺伝子を持つ者を排除し、優良な国民のみを残して繁栄させるという思想。

 1859年にチャールズ・ダーウィンが「種の進化」で、生物は淘汰 (自然に適応した生物のみが生き残ること) により進化 (改良) すると発表。
 1883年に従弟のフランシス・ゴールトンが「人間の能力及びその発達の研究」で、淘汰の考えを人間社会に導入した優生学を提唱 (社会的ダーウィニズムの始まり)。以後、欧米各国に広がる。

優生学の種類
  1. 積極的優生学:出産を増加させるが弱者を放置し、自然に淘汰されるのを待つ

  2. 消極的優生学:障害者や遺伝病患者に産児制限 (人工妊娠中絶)、隔離、断種 (不妊手術) を行う=主流

 なお、国際的に障害者の生を支えることを家族から国家の手に移すべきだとする福祉政策の充実の推進者が、しばしば同時に優生政策を主張してきた。優生学者は同時に反戦論者であることが多い。優秀な国民が戦死するため。
第二次世界大戦までの優生学

 欧米では人工妊娠中絶はキリスト教の影響下で否定的→断種 (不妊手術) 主流

戦後〜20世紀末の優生学

 日本では、終戦後の復員兵等による人口増加問題、窮乏状態の下で産児制限 (妊娠中絶) を合法化する動きが高まり、優生保護法が成立。

●優生保護法
 1948年施行。優生学と母体保護に基づく優生手術や中絶を規定した法律。1952年に中絶の手続きが簡素化。1996年、母体保護法の施行により廃止。

第1条 (目的) この法律は、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命健康を保護することを目的とする。

第3条 (医師の認定による優生手術) 医師は下の各号の1に該当する者に対して、本人及び配偶者の同意を得て、優生手術を行うことができる。
1. 本人又は配偶者が精神病、精神薄弱、遺伝性精神病質、遺伝性疾患又は遺伝性奇型を有する場合
2. 本人又は配偶者の4親等以内の血族関係にある者が 〃
3. 本人又は配偶者がらい疾患 (ハンセン病) に罹っているもの
4. 妊娠又は分娩が母体の生命に危険を及ぼすおそれのあるもの
5. 数人の子を有し、分娩ごとに母体の健康度を著しく低下するおそれのあるもの
(この条文により優生保護法廃止までに16,500件の優生手術=不妊手術が実施)

第14条 (医師の認定による人工妊娠中絶) 医師会の指定する医師は下の各号の1に該当する者に対して、本人及び配偶者の同意を得て、人工妊娠中絶を行うことができる。
1. 本人又は配偶者が精神病、精神薄弱、精神病質、遺伝性疾患又は遺伝性奇型を有する場合
2. 本人又は配偶者の4親等以内の血族関係にある者が 〃
3. 本人又は配偶者がらい疾患 (ハンセン病) に罹っているもの
4. 妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体を著しく害するおそれのあるもの
 (1949年に追加された経済条項:終戦後の人口増加問題、窮乏状態を反映)
5. 暴行・脅迫又は抵抗・拒絶できない間に姦淫されて妊娠したもの

○人工妊娠中絶 (法律用語では堕胎)
 子宮内で生きている胎児を母体外で生命を保続できない時期 (妊娠満22週未満) に人為的に母体外に排出すること。日本の法律では胎児は「人」ではないが、人工妊娠中絶を行うと堕胎罪 (刑法第29章、第212〜216条) を問われる。
 ただし母体保護法の定める人工妊娠中絶 (22週未満) と母体救出のための緊急避難は適応外。

○優生保護法施行後の人工妊娠中絶の歴史的経緯
○ハンセン病訴訟
 らい予防法 (1953年制定、1996年廃止) と優生保護法によりハンセン病患者は強制的に隔離され、優生手術、堕胎や嬰児殺を受けてきた。2001年5月11日、熊本地裁は「1943年に開発された治療薬やらい菌の伝染力の弱さから、らい予防法制定時から隔離政策は人権侵害で違憲」と国に18億円の賠償を命じ、5月23日、小泉首相は控訴断念を決断。
21世紀の優生学

 ヒトゲノム研究、遺伝子技術の発展により、疾病や障害の遺伝子検査が可能となり、さらに根治的な遺伝子治療が開発されつつある。遺伝子の変異は誰にでも存在し、かつ確率的に発生することも判明 (優生学の定義・目的自体が無意味)。
 一方で遺伝的素因や障害の検査結果による差別や胎児の選別を行う優生学の再来を懸念する声もある。
 [2001年3月29日、「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」(文部科学省、厚生労働省、経済産業省共同告示第1号) により、研究で解析される個人の遺伝情報について厳重な管理 (第三者による匿名化など) が義務化]

◎出生前検査と個人に潜在する優生思想
 両親の遺伝子が正常でも突然変異や染色体異常などの先天異常が起こる可能性がある。
例) ダウン症候群 (21トリソミー:特異な顔貌。しばしば精神発育遅滞、先天性心疾患を伴う)
  遺伝とは無関係。発生率は母体年齢と相関。30歳で1/700、40歳で1/100。

●母体血清マーカー検査 (トリプルマーカー検査 triple marker test)
 α-fetoprotein、hCG、estriolの血中濃度より胎児がダウン症候群である確率を計算 (ダウン症候群胎児の60 %を検出可能)。確率が高くてもほとんどの胎児は健常で、確率が低くてもダウン症候群である場合がある (最近はdimeric inhibin-A検査を加えて検出率が70 %に向上したquadruple marker testも行われている)。妊婦に十分な説明なく手軽に行われると、結果から妊婦に誤解や不安を与えることが問題視されている。この結果による中絶も少なくない (検査で正常だったのに生後に障害があることが分かると、医師が恨まれることもある)。

●妊婦の風疹
 胎児が先天性風疹症候群 (白内障、心奇形、難聴を伴う。知能障害も多い) になる可能性があり、風疹流行の年には中絶が数千件増える。実際の胎児の風疹感染率は20%程度。

参考)胎児期の検査
受精卵 (体外受精の場合):染色体・DNA分析
 →染色体異常、遺伝子病 (代謝異常など) を診断:中絶目的 (産科婦人科学会未承認)。
妊娠8〜22週:絨毛採取・羊水穿刺 (いずれも流産の危険):染色体・DNA・生化学的検査
 →染色体異常、遺伝子病を診断:中絶目的。
妊娠22〜40週:羊水穿刺、超音波・X線・MRI検査→奇形等を診断:出生後のケア目的。

遺伝学的検査に関するガイドライン (2003年8月28日、日本人類遺伝学会、日本産科婦人科学会など10学会)
 以下の指針を定めた。 ◎遺伝子治療の進展と優生学
 2002年3月27日、「遺伝子治療臨床研究に関する指針」(文部科学省、厚生労働省告示第1号) が公布。遺伝子治療臨床研究の実施の条件を規程するとともに、生殖細胞及び胚の遺伝子改変を禁止。
○母体保護、ジェンダー (フェミニズム) 論的見地にたつ人工妊娠中絶について
 妊娠・出産・育児は女性の肉体的・精神的・社会的負担が極めて大→産む産まないを決定するのは女性の権利
 →母体保護法の改正 (中絶の自由化) を求める主張 (配偶者の同意も不要)。

 女性の権利と胎児の生命の尊重とはいずれも正当な主張であるが故に、かえって正面から議論されにくい。

 父親がわからない妊娠で、出生前の親子鑑定を依頼→判明した父親によって出産・中絶を決める (優生思想の潜在?)。
 →技術的 (流産の危険) ・倫理的問題のため鑑定実施は極めてまれ。

○中絶胎児の再生医療への利用
 再生医療 (臓器複製や損傷組織の再生を図る医療) が今後の医学・医療の重点分野になると目されており、その研究にヒト由来の幹細胞 (ヒトES細胞ヒト胚など) の利用は不可欠である。

 一方、胎児の体内には多くの幹細胞 (さまざまな細胞に分化・成長する能力を持つ未成熟な細胞) が含まれていることがわかっている。

 2002年12月12日、中絶胎児から採取した幹細胞を臨床研究に使うことを議論してきた厚生労働省の専門委員会の審議がまとまり、まもなく指針案を公開して意見を募り、2003年3月に告示する予定となった。

 これに対し、家族の病気の治療のために中絶を前提に妊娠するケースが出ることを危惧する声もあるが、年間34万件の中絶が合法に行われている日本では説得力がない意見である。

 2004年7月2日に厚生労働省の専門委員会が死亡胎児の幹細胞利用に関する指針案を示す。しかし2005年2月3日に胎児幹細胞の臨床研究利用について、厚生労働省の専門委員会はより議論が必要としてまとまりかけていた指針作りは先送りとなった。2005年5月19日に指針作りは倫理的問題が多いという理由で当面断念することが決定された。

<以下は2000年頃に作った討論用資料です>
○討論ポイント (表面的な討論にしないこと)
  1. 優生学的人工妊娠中絶 (胎児条項) の是非について。

  2. 母体保護的人工妊娠中絶 (特に経済条項) の是非について。

  3. 出生前診断をすべきか。一般論、自分の場合。

  4. 医学 (特に遺伝子検査・治療) の発展は優生学を再来させるか。させないようにするにはどうしたら良いか。


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