PI3K経路とは
PI3K(phosphatidylinositol-3 kinase)は、膜の構成成分であるイノシトールリン脂質のイノシトール環3位のリン酸化を媒介する脂質キナーゼであり、ほ乳類ではクラスIA、クラスIB、クラスII、クラスIIIの4つのサブクラスに分類される(図1参照)。
クラスIA PI3Kは、SH2を有する制御サブユニット(p85α、p55α、p50α、p85β、p55γ)と触媒サブユニット(p110α、p110β、p110γ)からなる二量体として存在し、TCRやBCR、FcεRIのシグナルに応答して、チロシンキナーゼ下流のシグナル伝達経路やRasによって活性化される。
制御サブユニットの内、p85α・p55α・p50αは同一の遺伝子(Pik3r1)のsplice variantであり、免疫系の細胞では主としてp85αが発現している。
面白いことに、PI3Kの制御サブユニットは触媒サブユニットのタンパク質レベルでの安定化をもたらす“シャペロン”としての機能も持っており、制御サブユニットの遺伝子破壊によって触媒サブユニットの発現レベルの低下が引き起こされる。
触媒サブユニットは細胞の種類によって使い分けがなされており、各種の遺伝子改変マウスの解析から、リンパ球・マスト細胞においては特にp110δが主要な機能を担っているものと考えられている。
クラスIB PI3Kも触媒サブユニットp110γと制御サブユニット(p101、p84)からなる二量体として存在するが、GPCR(G-protein coupled receptor)の下流のGβγもしくはRasによって活性化される。
クラスIB PI3Kは白血球に特異的に発現しており、ケモカインに応答した細胞遊走に関与する。
クラスII・クラスIII PI3Kの免疫系における機能に関しては未だ不明な点が多いが、クラスIII PI3Kが種を超えて細胞内小胞輸送に関与することから、種々の貪食過程への関与が示唆される。
全てのクラスのPI3K活性を阻害するLY294002やWortmanninに加え、IC87114(p110δ特異的)やAS605240(p110γ特異的)などの各触媒サブユニットに高い選択性を有する阻害剤の開発が進んでいる。
活性化したクラスIA・IB PI3Kは、PI(3,4,5)P 3 (phosphatidylinositol(3,4,5)-trisphosphate) やPI(3,4)P2 (phosphatidylinositol(3,4)-bisphophate)の生成を介して、PHドメイン(pleckstrin homology domain)を有する分子を膜へとリクルートする(図2参照)。
例えば、膜にリクルートされたセリン/スレオニンキナーゼAkt(PKBとも呼ばれる)は、同じくPHドメインを有するPDK1と、mTOR・rictor・mLST8・mSIN1から構成されるmTORC2複合体により、それぞれThr308とSer473のリン酸化を受けて活性化し、GSK3やBAD、FOXO、MDM2等のリン酸化を介して細胞増殖や生存シグナルを制御する(図3参照)。
PI3Kは、他にも、Vavを代表とするDblファミリー分子を介して細胞骨格制御に関与することが知られる。
がん抑制遺伝子産物であるPTEN(phosphatase and tensin homolog deleted on chromosome 10)は、イノシトール環の3位のリン酸基を脱リン酸化する脂質ホスファターゼとしてPI3K経路に拮抗する(図3参照)。
実際、PTENの欠失はPI(3,4,5)P3やPI(3,4)P2の増加を介して恒常的なAktの活性化をもたらし、NotchやRas-MAPK経路がPTENの転写抑制を介して間接的にPI3K経路の活性化の亢進に寄与している可能性も示唆されている。
ごく最近、PTEN分子の安定性や局在が、リン酸化やユビキチン化を介して制御されていることが示された。